エロス断想

猫と美人を描いてゐます

向田邦子

終日雨、おそらく梅雨入りだらう
梅雨入りや声を聞くのも厭な人


向田邦子のエッセイ集『父の詫び状』読書中。有元利夫が日記で、声を上げて笑って読んだと書いてゐた通り、なるほど非常に面白い。向田の著作は初見だが、劇作家だけあって一つ一つのエピソードの構成がドラマチック。幸田文の随筆とは全く違ったベクトルの文体。ベクトルって何なのかよく分からないけど
年に数百冊本を読むが、本当に面白くて読むのをヤメられない、一行たりとも飛ばしては読めないと思へる本には、ほんの数冊しかめぐり合へない。『父の詫び状』は、そんな貴重な一冊。ぜひ読んでみて下さい
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夜、タクシーで帰る時は、いつもさうするやうに、左手にアパートの鍵、右手に五百円札を握って、「ご苦労さま」と声をかけ、料金を渡すと、運転手はグウッと、咽喉の奥がつまったやうにうなり、カスレた低い声でかう言った。「いいのかね」「いいわよ、どうぞ」たかだか四十円だか五十円のチップである。咽喉をつまらせて念を押す程の金額ではない。しかし、運転手はもう一度、念を押すのである。「お客さん、本当に真に受けても、いいのかね」「大袈裟に言はないで下さいよ。こっちが恥づかしいわ」と笑ひかけてハッとした。右手に五百円札が残ってゐる。間違へてアパートの鍵を運転手に渡してしまったのである。
向田邦子『車中の皆様』
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美人図、鉛筆、色鉛筆、45分
明日は久々に自画像を描くかな…



『三州生桑詩画集猫のパンセ』
■三州生桑HP■