エロス断想

猫と美人を描いてゐます

カフカ寓話集

曇天のち晴れ、ジョギング40分、大胸筋鍛へる
子猫はだいぶ馴れてきた。指を近づけると匂ひをかぎ、カプッと噛む。親愛表現だらうが、ちょっと痛い


カフカ寓話集」拾ひ読み
不条理ものを書いてゐると、知らず知らずのうちにカフカの文体に似てきてしまふことがある。或いは百間に。危険だ。十分に留意すること
「学会の裵先生方! かたじけなくも、猿であったころの前身につき当学会で報告せよとの要請をいただきまして、今ここにまかり出た次第であります。とは言へ残念ながら、あまりご期待に添へないでありませう。猿の生活と縁を切って五年近くになるのです」


愛はあるかな


現代詩フォーラムから削除した詩を、エロス断想に再掲してゆきませうかね。現Fに飽きたといふわけぢゃないんだけど・・・
いつまた削除するか分かりません
―――――――――
「バラの花束」
「片目の猫」
―――――――――
「バラの花束」
美しい人よ。
私があなたと同い年の頃のお話しです。
その頃、私はN市といふ所に住んでゐました。

あれは、丁度今ごろの季節の、少し肌寒い夕暮れどきのこと。
私はN駅前の、大きなスクランブル交差点の横断歩道で、信号待ちをしてゐました。
帰宅途中の人たちは、皆一様に疲れた顔をしてゐます。私の顔も似たやうなものだったでせう。
そこへ、一人の白人の青年が現れ、私の横に立ったのです。
彼は黒のタキシードを着てゐて、栗色の髪の毛を、きっちりと固めてゐました。
背は私より少し低く、その顔つきには、まだあどけなさが残ってゐました。
留学生か、ひょっとしたら高校生だったかも知れません。

そして彼は、大きな大きなバラの花束を持ってゐました。
持ってゐたといふより、抱へてゐたといふべきでせう。
大輪の真紅のバラが、三十本以上はあったでせうか。

信号が青になる直前、私と彼の目が、ふと合ひました。
その瞬間、彼は私にうなづいたのです。
「どうだい?」
彼は暮れゆく街に向かって、颯爽と歩いて行きました。

負けたな、と思ひましたよ。
私も何度か女性に花束を贈ったことがありますが、あの夜の彼には負ける。
あの自信に満ちた身のこなし。恋する騎士とでも言はうか知ら。
実に堂々としてゐて、威厳すら感じられました。
日本人には、なかなか真似のできないことですね。

彼の相手は、どんな女性だったでせう?
同じ留学生の仲間だったかも知れないし、日本人の恋人だったかも知れない。

美しい人よ。
彼の恋人が誰であったにせよ、あの夜は彼女にとって忘れられない夜になったに違ひありません。
あのバラの花束には、強力な恋の魔法がかけられてゐましたから。

美しい人よ!
私も、あなたにバラの花束を贈りたい。
燃えるやうなバラの花束を・・・。
真紅のバラの花束は、あなたにこそふさはしい。
美しく、バラのやうに微笑む、あなたにこそ。
―――――――――
「片目の猫」
片目の牝猫が、詩を書く男に恋をしました。
詩人は時折り公園に来て、野良猫たちに食べ物を与へてゐるのです。
彼が公園に姿を見せると、片目の猫は真っ先に飛んで来て、彼の足元にすり寄り、甘えて鳴くのでした。
「ようこそ、ようこそ! 詩人さん、いらっしゃい!」
彼に背中や尻尾をさすられると、片目の猫は大喜び。
「キャットフードなんかいらないわ。少しでも長く、あなたの側にゐたいの!」

片目の猫には、一つ心配なことがありました。
大好きな詩人の表情が、どういふわけか、いつも沈んでゐるのです。
「どうしてあの方は、いつ見ても悲しげなのか知ら。私は笑顔を見たいのに・・・」
樹齢何百年にもなる、物知りのクスノキに相談してみると、彼はかう教へてくれました。
「それはな、美しい人に片思ひをしてゐるからさ」
「まあ、あの方も恋を!」
片目の猫は、ちょっと落ち込みましたが、持ち前の明るさで、すぐに立ち直って言ひました。
「もし恋がうまくゆけば、あの方の表情も明るくなるに違ひない。さうすれば、きっと私にも笑ひかけてくれるはず。クスノキさん、私にできることはないか知ら?」
クスノキの口調が重くなります。
「片目の猫よ。方法は無くもないが、それには旅に出なければならんのだ。お前はこの公園に捨てられてから、一歩も外に出たことが無いだらう。外の世界は恐ろしいぞ」
「いいのよ。私はどうしても、あの方の笑顔を見たいのだから」
「片目の猫よ。わしはお前のことを、ずっと見てきた。あの詩人が置いてゆくキャットフードを、子猫や、病んだ猫や、老いた猫に、先に食べさせてゐたな。見るに見かねて、彼がこっそりと、お前だけに美味しいものをやってゐたのも知ってゐる。優しい猫よ。お前には、これからもこの公園で幸せに暮らしてほしいのだが・・・」
しかし、片目の猫の決心は、とても固いものでした。
「ならば教へてやらう。お前たち猫族に伝はる、秘密の恋の歌があるだらう。その歌を、詩人の愛する、美しい人に聞かせてやりなさい。あの歌は、キューピッドの矢のやうなものだからな」
片目の猫は、クスノキから、美しい人のゐる場所も教へてもらひましたが、そこは気の遠くなるのやうな遠い遠い所なのでした。
「ありがたう、クスノキさん。そして、さやうなら!」

旅は、始めからとても厳しいものでした。
「何だ、あの醜い猫は。目ざはりだ。噛み殺してしまへ!」
散歩をしてゐる男が、憂さ晴らしに犬をけしかけてきます。犬は腰の辺りに噛み付いてきて、片目の猫は赤い肉が見えるほどの深い傷を負ひました。
「私は何もしてないわ! 誰にも迷惑をかけずに、旅をしてゐるだけなのに」
「汚い猫がふらついてるぞ。あっち行け!」
学校帰りの子供たちが、笑ひながら石を投げてきます。猫にしてみれば大きな石が、雨のやうに体中を打ちまくります。
「歌を・・・」
「面白さうだな。いたぶってやらう」
退屈しのぎにカラスの群れが、瀕死の猫に襲ひかかってきます。
身を隠す所などありません。見える方の目を、くちばしでえぐられた猫は、たまらずに駆け出して、車道に飛び出しました。

「ああ、片目の猫よ。優しい猫よ。わしには聞こえる。お前の秘密の恋の歌が。人間に聞かせるには、もったいないやうな美しい歌だ。
・・・詩人が来てゐるな。相変はらず、女の髪形やピアスや化粧のことばかり考へてゐる。あいつも詩人なら、この哀しい歌声が耳に届いても良ささうなものだ」
「さう言へば・・・」
野良猫たちにキャットフードをやり終へて、詩人は帰らうとしてゐました。
「さう言へば、最近、あの片目の猫を見ないな。よく馴れてゐて、お気に入りの猫だったのに。・・・おや?」
彼は立ち止まって、聞き耳を立てます。
「あれは確かに・・・。いや、もう聞こえない。聞き違ひだらうか。空から聞こえてきたやうな気がしたけれど」
クスノキは、独り静かに泣きながら、懐かしい片目の猫の歌声に、いつまでもいつまでも聞き入ってゐるのでした・・・。
―――――――――




■三州生桑HP■
http://www.h4.dion.ne.jp/~utabook/