エロス断想

猫と美人を描いてゐます

才媛

昨日にひきつづき、大学時代に出会った才媛の話しを


Sさんは、フランス語がペラペラであった
仏文とはいへ、あんなに流暢に話せる人は珍しい
特に英才教育を受けたわけでもなし、留学をしたわけでもなし
何故そんなに上手く話せるのかと訊ねると
「或る日、突然しゃべれるやうになったのよ」
と言って微笑んだ
色白でうりざね顔、長い黒髪に切れ長の目
古典的日本美人の典型である


さて、私の学んだ学科は、四回生になるとすぐに、一泊二日で卒論発表会を行ふ慣習がある
その厳しさは伝説的で、教授たちと学生の前で卒論を発表するのであるが、発表後の質疑応答で気の弱い女子学生が泣き出したりすることもあった
私は三回生の時に見学したのだが、或る卒論の解釈を巡って、教授同士が怒鳴りあって議論するのを見て、震へあがってしまったものだ


Sさんは、学科は違ったけれども、この発表会に見学に来てゐて、そこで初めて知り合った
私の発表は一日目で、午前中にクラスメートが教授たちにやり込められる姿を見て、すっかり意気消沈してゐた
あらうことか、私の卒論は七割程しかできてゐなかったのである
これは絶対に許されないことであった
昼ご飯を食べた後、私の順番が来た
私は恐る恐る読み上げる
卒論のタイトルは「ティマイオスの宇宙生成論におけるデミウルゴスの意義」
読み終へた後、まだ未完成なのですが・・・、と蚊の鳴くやうな声で言った
会場は水を打ったやうに静まりかへってゐる
司会の助教授が、困ったやうに言ふ
「ええと、先生方、何か・・・」
誰も発言しようとしない
卒論指導教授も、腕組みして黙ってゐる
「ええと・・・うーん、よく解らなかったんだけど・・・、この時点で未完成といふのはよくないですね・・・。それでは次の人」
私の論文は、一言の批評もなく、黙殺されてしまった
前代未聞のことである


その夜、Sさんが私に話しかけてきたのだ
「まぁ、あなたみたいな人が一人位ゐてもいいわね」
そして私たちは、卒論の最終チェックに余念のないクラスメートを尻目に、朝までウィスキーを飲み交はした
彼女は、天皇制やSEXに関して自由奔放に話し出す
そんなことを女性と話したことが無かったので、私は目を白黒させながら聞くばかり
私の論文についても、あれこれ聞かれた
それらは全て、的確な質問であった
話しが一段落ついたところで、私はSさんに聞いてみた
「卒業して、何になるつもりなんですか?」
「私ね、国連で働きたいのよ」
さう言って、フランス語の詩を、サラサラッと諳誦し始める
私はフランス語は全く解らない
けれど、「ミラボー」と「セーヌ」だけは聞き取れた
アポリネールですね」
私が、さう言ふと、彼女はふふんと笑って、グラスに残ったウィスキーを一息に飲み干した


翌日、私はひどい二日酔ひとなり、発表会をさぼって寝てゐた
Sさんは、平然とした顔で最後まで見学してゐたさうである
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■三州生桑HP■
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